you are my sunshine

3人と1匹との大切な時間。ワタシのための記憶メモ。

神対応。

土曜日授業日の後、久しぶりに友達が家に遊びに来ることに。

 

うちに、来るのはいいんだけど、うちに友達呼ぶと、何かとあさひが気遣ったり、

フォローしたり、あさひ自身が不完全燃焼で、、挙げ句の果てには、あさひがイライラして終わるみたいな日が続いてたから、もううちに呼ぶのはやめようかってことになってた。あさひがどこかに遊びに行くのはいいけどって。。

 

で、久々うちにってことになり、、、

じゃぁ、あんまり大人数じゃなくよく考えなよって約束して。

 

今日来たのは、仲良しのあさひ入れて5人。

学校で誘ったみたい。。

 

でもね、もう一人来たいって子がいて、、友達が勝手に誘っちゃって、

後から、僕も行っていいか❓って聞かれたらしいんだけど、、

あさひは今までの数々の経験上、今日はその子はお断りにしたと。。

それ聞いて、えっ!なんて言って断ったの❓

 

すると。。

「今日はもう定員オーバーなんだ。ごめんね。今度遊ぶ時は、最初に誘うよ」

 

なんて、優しい断り方。。大人だってこんなこと言えんわ。。

つくづく、あさひはいい子だなーって思った

はじめて。

9月9日。

4時近くに学校から帰宅。

今からプールに行くと。。。

今日はピアノがお休みだったし、珍しくプ、プールに行くという。。

なんか、有無も言わず、いいよ‼︎行っておいでとすんなり、送り出した。

あさひは意外だったみたい、、いいの❓って。

もちろん!

友達数人で自転車に乗って、世田谷公園のプールに行くと。楽しそうじゃん!

こういうの待ってたぁ〜。

でも、すでに4時。。まぁちょっとしか遊べないでしょうが、、はよ行けと。。

プールバッグに携帯と少々の小銭を持って。

全然帰ってこず、、、携帯のgpsを追うと、だいたい行動は想像つくが。。さすがに6時過ぎても帰らないので、電話する。

結局帰ってきたのは、6時半。

いつもよりかなり遅め。。

 

でも、帰ってくるなり、開口一番、

「ママぁ、あさひ今まで生きてきた中で、友達と遊ぶ中で今日がイッチバン楽しかったと。。」

私も何より嬉しかった。。

みんなでプールの後、駄菓子屋行って一つのアイスをみんなで食べたり、おかし食べたり、鬼ごっこしたり、、

あまりにも今日が嬉しくて、あさひの持ってた携帯で記念に写真を撮ったと。。。

その嬉しそうな顔が私も嬉しくて。。

そうだよ!これが遊ぶということだよと。。。

嬉しかったあ。。

 

まぁ、こんな遊びはこの日だけみたいだけどね。涙f:id:asahicream:20161026075515j:image

 

2分の1成人式 プチ同窓会

夏の終わり。

私は今日のこの日のために、数ヶ月前から企画していた。

何か、何かしたくて。

こどもたちにとっての10歳の節目の年に、

そして同じく母になって10歳のママたちと共に

思い出残る1日にしたいなーって。

漠然とした【何か】のために。

 

そして迎えた今日。

池尻にあるものづくり学校の教室を貸し切り

1日限りのクラスメートを実現した。

そして誕生学アドバイザーの青木さんをお招きして『いのち』のお話をしてくれた。

 

10年前のあの日を思い出す。

そして、ここにある命は何億分の一とも言えるほど、すごい貴重な確率で生まれてくること。。大切な繋がりを紡いでくるということ。。。

そして、、ハグをした。すっかり大きく、重くなったあさひをぎゅっとした。。

子供たちにどれほどこの話の意図が伝わっただろうか❓

でも、ママたちはとても癒しのデトックスな時間だったと思う。

いろいろあるけど、ここでリセットして、また明日から頑張ろうって。。

 

今までの10年は、お腹の中から始まり、ねんね、話し始め、歩き始め、食べ始め、、少しずつ一緒に少しずつ向き合ったかけがえのない時間で、、

でもこれから先の10年は、、確実にあさひは自分の足で自分の意思で決めて進んでいかなければいけない。。

私も少しずつ、あさひの背中を押してやらなければならない。

未知の時間だなー。楽しみでもあり、不安でもあり、、、寂しくもあり、、

でも、ずっと見ていたい。。

 

 

 

少し慣れてきた。。

また塾の話だけど、、、

6月から入塾し、一ヶ月、、本当に必死であっという間に勉強漬けの毎日になった。

少し先の勉強を強いられるから、もちろんついていくのにも必死で、わかんないことだらけ。。私も必死につきっきりで横にひっついて、、、

でも、教えられることもなく、ネットで動画を見ながら、一緒に勉強したり、どうしたら、あさひに理解させられるか、、そんなことばかり考える毎日。

別に御三家を受けるわけでもないのに、ここまでやらなきゃいけないんだと、、

知らなかった中学受験世界にどっぷりはまることに。。

なんだか胃がキリキリして、胃薬飲む日々だった。

あっという間に、一学期が終わり、夏休みに突入。

そして15日間という夏期講習もようやく今日終わろうとしてる。

(あさひは前々からの予定で沖縄旅行のため前半5日も休んでしまったけど。。)

夏休みで毎日3時間の塾通いだから宿題が少ないせいか、、

それとも私たちがこの生活にコツをつかんだのか、、

なんとなく、慣れてきた感じがする。

 

つきっきりの毎日も少しずつ自分でやれるようになってきたし、

あさひの理解度もグーンと上がってきた気がする。

勉強の苦手意識があったけど、やればできる子なんだーとちょっと感心。

大変ながらもあさひも勉強が楽しくなってきたみたいで、、すぐに壁にぶち当たるけど。。まだまだ先は長いけど、、この調子で頑張ってほしいな。

 

今日、塾最終日は帰りそのままピックして最後の夏を満喫しに熱海へ。。

台風も向かってるらしいけど💦

 

塾通い

半年前の悩みにさかのぼるけど、あさひの個性を尊重して、4年生になって私立中に受験を考え始めた。近所の塾に通い始めたけど、中学受験を考えるのであれば、サピックスにと勧められた。それが5月くらいの話。。

サピとは私でも知ってるほど、有名な難しい塾。。サピに入るための塾というのが存在するほど、入るのも難しい。しかも入る時期を先延ばしにすればするほど、入りづらくなるというから、なんとなくあせらされてしまう。

近所の塾で対策を少しお願いして、GWの間1日4時間以上塾に缶詰で勉強した。

帰る頃迎えに行くと、フラッフラだった。

初めての塾通い。。なんだか頭おっきくなってない、、❓あさひの感想の一言。

そしてダメ元で受けた5月の入室テスト、、まさかの合格!

 

嬉しいような、、そして6月からあさひの生活が、、いやいや、家族みんなの生活が一変した。。。

 

その後のその後

久しぶり。5ヶ月ぶりの更新。

いろいろありました。

4年生に学年が上がったし、

10歳を迎えた。

塾にも通い始めて、生活が一変した。

心配してたあさひの個性は、、

だいぶしっかりしてきて、何を真剣に思い悩んでいたんだろう、、去年の半年と思うほど。。

それでも、垣間見ることもあるけど、それもまたあさひの個性なんだと。。

私自身が開き直るようになった。

4年生になって、ずいぶん男の子らしくなってきた。

自分の意見をしっかり持っているし、好きな科目は学級会というほど、

ディスカッション好きらしく。。

意見をしっかり持ってるものの、甘えん坊で、生意気に口答えもしてくる。

なんかちょっとずつ今までの可愛いあさひだけじゃない部分が出てきて

また違った悩みも多い。

っていうか、人を育てるのは大変だ。。

生まれて10年、母になって10年経つけど、、

未だに私はあの10年前生まれた瞬間から悩みの絶えない日々が。。続いてる。

またブログに吐き出してみようと思う。。

 

あさひその後

あれこれぐるぐるあさひのことを書いてから、、あれから2ヶ月。

待っていた成育の予約日が来た。

1時間近く、一人で個別で診断。wisc-ⅣとPARS という検査。

そして、わたしの問診。

それからさらに2週間を待って、診断結果がついにでた。

 

結果、IQは平均値105で問題無し。

自閉症スペクトラムもなし。

若干処理速度というものが遅いので、咄嗟の状況判断が甘いのだろうと。。

文章問題、、、こういうときどうする❔とかこの場合相手はどう考える❔といったようなものは、、相手の皮肉がわからないという結果に。

当日やった集中力をはかるもぐらたたきゲームも同学年にしたらあまりいい結果を得られなかった。。気がそれやすく、集中力もたない。

つまり、総合的にいうと、どんぴしゃではないけれど、ADD傾向はある。

今後、よくなっていくか、、、さらに悪くなるかは経過観察ということに。

薬も勧められた。集中力を高める薬だそうで、、まぁ、極端にいうと、覚せい剤の一種らしく💦デメリットは、不眠、痩せる、背が伸びないなどなど。。。

とりあえず、保留。。。

どうしたものかな。。

 

 

 

 

姉の入院

はんまんが引っ越して間もなく、ひでが入院。

もともと体が弱かったせいか、引っ越し疲れがでたのか、、原因不明の高熱がつづき、はんまんと同じ日赤に入院。

隅々まで検査をしてけど、原因がわからないという、、

なんなんだろう。いつもヒデばかり。。。

いつもいつもなにかがひと段落すると、負のサイクルにはまってしまう。。

かわいそうに、なんなんだろう❔

はんまん引越 後編

はんまんの入院を機に、家探しを始めた。

もともと今後のはんまんをみんなで看るにしても中途半端に遠かったり、70近い母も仕事を終えて通うには大変だった。なにより家賃も高い。
なのに、優柔不断な姉はなかなか決断せず、更新したばかり、、でもさすがにと、家を探した。
たまたま私達の住まいのマンションの1つ下の階に空きがでて、すぐそこに決めた。
 
退院したはんまんはみるみる元気を取り戻し、退院パーティーは念願の豚足も食べれた。キセキだ。f:id:asahicream:20151108094406j:image
f:id:asahicream:20151108094436j:image
f:id:asahicream:20151108094459j:image
そして、今まで以上にローテーションで看護体制をつけた。
訪問Dr.、ナース、リハビリも週一で来てもらうことにした。。
みんな、それぞれ、仕事、家庭を両立しながら、はんまんの介護、そして引越しというハードな毎日。
はらぼじ、あばを見れなかった私たち初めての介護にいきなり突入したのだ。。
 
引越し当日。
朝早くにはんまんを迎えに行き、、まずはうちで待機することに。癒し犬くりぃむの本領発揮。
不安いっぱいのはんまんをお相手してくれた。f:id:asahicream:20151108094938j:image
広い部屋から、縮小した引越しだから荷物が多く、そして姉不在の引越し。本人じゃないから、何気に捨てれず、、(父の遺品もたくさんあって)
本当に朝から晩まで1日がかりになった。
とても今日は寝れない状態なので、うちで一泊することになった。
ここ何週間ダンボールに囲まれてたから、本人も引越しは理解してる。
今の家は取り壊されてなくなるから出て行かなきゃ行けないんだよと説明。本人納得。
でも今日1日居たせいで、ここが新しい住処だと思ってしまった。
寝る頃には、わたしやあさひやりょうちゃんに悪いねー、泊まってくれるの??と…。
何回も同じやりとりに、りょうちゃんはきちんと優しく答えてくれる。優しく…ありがたかった。
はんまんは内心、引越しなんていうのは本当はウソでどこかに(施設)入れるつもりなんだろ〜って思ったみたい。
やはりうちでは介護ベットもなく不都合なので、翌日いよいよはんまんの新居へ。
まだダンボールだらけの狭くなった新居だけど、すべてが使い慣れた家具などをみたら、すんなり自分ちだと理解できたらしく、こじんまりベットにおさまった。この日もほぼ、長女を除くみんないて、あさひもいて、くりぃむもいて、はんまん楽しそう。
今日のシチュエーションは、元々すでにこの部屋に住んでいたというものに、、💦
まだ荷物もあるから、これから引っ越すんだと思ってる様子。。
なので、、引っ越すのやめよっか、そうしよう!と。あさひも取り壊しもなくなったしね!と機転のきいた辻褄合わせ。
私たちが上に住んでる話も、、前から同じマンションだったの?知らなかった…と、なりあせってこちらが訂正する始末。
波乱含みの引っ越しがなんとか終了。
きっと、はんまんにとってのここが最後の城になるんだろうな。。。
f:id:asahicream:20160316113120j:image

はんまんの引越 前編

87歳のはんまんには酷であった。。

今年の夏、正直はんまんは危なかった。
同居の姉は仕事に追われ、4人の妹と母でローテーションで薬、ごはん当番と毎日みてたつもりでいたけど、それでもはんまん一人の時間は長く、食は細くなり、一人だと水も飲まない。。
薬を変えたりしながらやりすごしても、足はむくみ、腎臓、心臓に交互にわるくなる悪循環…。
結局、日赤に一か月近く入院した。
腎臓が普通の5パーセントしか機能していないと言われ、人工透析も止むを得ないと言われ、、みんなに決断を迫られた。あの時もう誰もがはんまんはもう長くないと心に覚悟し、、痴呆もあって、個室を勧められ、みんなが交代で完全看護をした。
点滴の管をとらないよう、見張るために。
綺麗なトイレシャワー付きの個室で、寝泊まりもした。。
今まで長年蓄積された薬のせい?か、痴呆のせい?か、味覚障害もあり、食欲もなく、、点滴で驚くほど腎臓が回復してもなかなか食べれなかった。人間食べれなくなったらお終いと、医者にいわれ、カウントダウンがはじまってるんだと思った。f:id:asahicream:20151108071534j:image

退院したい一心ではんまんが気力を持ち直した。
ごはんを食べ始めたのだ。
私たちが幼い頃はらぼじが入院してて、毎週きまってお見舞いに行ってたけど、はんまんは病院内では一切水も飲まず、食べ物も食べない徹底ぶりだった。ただ単に嫌だっただけ。
考えてみたら、体弱いわりにはんまんのこんなに長い入院は初めてだった。はらぼじは物心ついた時から病人のイメージだったし、あばは入院して翌日に亡くなった。はんまんはもうかなりのおばあちゃんなのに、、死というもののイメージが私にはなかった。みんなもそうだと思う。だからこそ、みんな必死で見守り、はんまんとの時間を大切に過ごした夏だった。

f:id:asahicream:20151108072348j:image
夏休みだったから、あさひもよくお見舞いに来てくれた。
夏休み後半は、はんまんの入院ほぼ一色だった。
はんまんにとって、あさひは最高の癒しで、あさひもわかって、よく身を委ねてくれた。同じ話を何度も聞いてくれた。
こんなにハグした翌日も、あさひは来てくれたが、この日初めて、あさひを忘れた。
自分の夫も、息子ですら、時折忘れてきて、それでもあさひを絶対忘れないでいたのに、、、

「お名前は?年いくつ?」
「さいとうあさひです。9歳です。」
「あら、この子かわいいね。いい子だね。
おばあちゃん近くに越してきたから、また遊びに来てね」

と。
あさひも動じず答える。
わたしはせつなかった。
f:id:asahicream:20151108072439j:image

そんな夏が終わり、はんまんもうひと頑張りしてくれて、気合いで食事をするようになり、なんとか退院した。

腎臓も原因は極度の脱水だったらしく、点滴だけで持ち直し、人工透析という最悪の事態も免れた。
退院後どうするか迷った。
このまま自宅に帰ってまた繰り返すのではないのかとか、老人ホーム、保険医療施設も検討したけど、今のはんまんにはそぐわないと判断。
もう少し、家に居させてあげようとみんなが思った。

長女を含む家族が1つになった夏が終わった。

…つづく