父の日記
亡くなって、もう28年経つ父の日記が出てきた。。
亡くなる最後の1年から父が倒れるその日までの。
小学生の頃に、父から日記をつけるよう習慣づけられた。
半ば強制で、たまに抜き打ちで書いているかをチェックをされる。
だから、書く内容も、さほど自由じゃない体裁的な書き方だったり、
何日も書いてなくて、ごめんなさいと書いてる日が多かったり、、
そんな日記が今でも数冊残ってる。
でも、今読み返してみると、
自作の絵本を書いてみたり、
神様の詩を書いてあったり、
それはそれで微笑ましくて、今、私がこうして綴るブログにも通じてるのかと思う。
父の日記は、母の断捨離で思いがけず発見され、
日常が、事細かに書かれてた。
毎晩酔っ払っては、梯子した飲み屋やスナックの名前と正確な時間まで記してあって、
翌日には二日酔いと書かれてたり(笑)よく明確に書けるなと驚き。。
バブルの時代だったから、お金の資金繰りの悩みや、仕事の悩み、
私たちはまだなにも知らない学生で、当時はお金の苦労なんて微塵も感じなかったから、
本当に父一人抱えた苦労とプレッシャーは計り知れない。。
体調の不良が続いたり、いろんなことがうまく回らなくなっていく様の苦しみが書いてあり、
本当に押し殺しながら泣くほど、辛く重たかった。
父が亡くなる1ヶ月前のお正月、、みんな初めてそして最後の父からの手紙を一人一人お年玉と一緒にもらって、、今でも、それをみんな大事にとってある。
その翌月の祖父の命日の法事で父が倒れるのだけど、、日記もそこで終わってるのだ。
当時、、
なぜ父は手紙なんかくれたんだ。。自分が亡くなるのをわかっていたのか、、と思ってた。
だから最後に手紙を残したのかなっって。
でも、日記を読んでわかったのは、、
父は最後の1年苦しくて、苦しかったけど、
人生を諦めてはいなかった。むしろ1から再スタートを切るつもりでいたのが書かれてた。
希望とやる気に満ちていた。辛い1年だったが、もう一度やり直そうと。。
子供たちのため、病気の父のため、親戚のため、、いろんなしがらみに縛られ、
働いて、体を壊して、自分を見失っていく父の姿だったけど、希望を捨ててなかったことが
切なくもあり、嬉しかった。
改めて、もらった手紙を読み返すと、、
それぞれ、父ができなかったこと託したような内容だった。
私たちに宛ながら、自分に宛てた手紙だったんじゃないかと。。
そうして自分を奮い立たせようとしたのかも、、。
私たちに父が残してくれたものは、結局、あの手紙だけだったけど、日記を読んで、
より意思が伝わったのだ。
人生に翻弄されず、自分の人生を行きなさいと。。
私は、今、、それに気づき始めたよ、、と思った。
今辿ってる道は、今までの中で一番自分らしく、選んでる毎日だよと。
そう言えば、今オーラソーマで使用してるエルモリヤ のメッセージを思い出した。
汝の意志であって、私の意思ではない。。
そしてもう一つ。チャレンジとして、、
過去に自分の父親との間に生じた大きな問題を、いまだに克服していません。おそらく精神的に虐待されてます(多かれ少なかれ、洗脳を受けていますが、必ずしも父親から受けたとは限りません)。いつも自分を気にかけてくれる人を求めています。人生のあらゆることをネガティブに捉えます。自分自身とうまくいかず、自分の属している文化とつながっていないと感じています。すべてのレベルにおいて妨げられている人です。
と、あって、この意味がずっとわからないでいた。
でも、なんとなく、この日記といい、先日のセラピーといい、、
父ということではなく、私に滲み入る、知らず知らずのネガティブ感情をまざまざと体験した気がします。
そして、ちょうどエルモリヤ を使い切ったのでした。。。
エルモリヤ よ、ありがとう。
父の最期の記憶を塗り替えてくれてありがとう。